非常事態を想定していない日本国憲法

極東の状況

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新型コロナウイルスの件、漸くワクチンのめどが見えてきました。
アンチワクチン派がいろいろと動き回るでしょうが、四の五の言わずにワクチン接種が良いと思います。

 

今回の新型コロナ対応優等生は、中国、ポルトガル、台湾、ベトナム、ニュージーランドとされています。
台湾やベトナムは、SARSの教訓から対応も早かったし、新型コロナに罹患した患者は国が強制する追跡アプリを入れていなければ、罰則があります。
要するに強制性があり、IT技術など動員できるものは全て駆使したところがうまくいっている様です。

 

日本では憲法をはじめとする法体系で非常事態を想定しないという、まったくもって甘ちゃんの憲法です。他人におんぶにだっこで、世の中善人しかいない前提で書かれています。
大体がその憲法前分からして、よくもまぁ、時代の気分はわかるとしてもこんなに無責任な国家観を持てるものだと、今更ながらに憮然としてしまいます。

 

非常事態を想定しない=強制ができない為に、「人権」を盾にしたパチンコ店での密集や、ナイトクラブでの接客を禁止できません。

 

「要請」以上のことができないのです。

 

法的には軍隊もないのに、軍政を意味する「戒厳」は不可能です。

 

その法的には軍隊を持たない憲法第九条を守れという人たちが、「軍隊を前提とする」「戒厳」を要求する。
何だかボケとツッコミではないのですから、大真面目に非論理的な主張をするのはやめたらどうでしょうか。

 

日本国憲法が人権を盾に「強制」を排除しているのですから、強制は出来ません。
ならば「強制できるように」憲法改正、法律の改定をするのが、政治家の役割でしょう。
それが出来ない様に様々な外国の介入があるでしょうし、やろうと思っても、現状維持前提の日本人には覚悟がないので不可能です。

 

このような状況にしているのは、私たち一人一人であることは認識しておいた方が良いでしょう。
憲法も改正できない、現状維持以外を思いつかない、平常時バイアスに溺れている茹でガエル。
これが今の日本に住んでいる私たち一人一人の姿です。

 

石油ショックの時の記憶で、トイレットペーパーなどが一時的に店頭から消えましたが、お店側やメーカーの努力で解消しているようです。
元々買い占めなければ在庫がショートすることはなかったのですが、買い占めはおきました。

 

マスクは根本原因が異なり、元々花粉症需要だけだったところに転売屋を含む買い占めが横行しました。
その為、本当に必要な花粉症の人や店頭の接客の人に行き渡らなくなりました。
さらにこれをテレビをはじめとするマスコミが煽りました。

 

このテレビを見ている人たちが、先ほどの石油ショック時の買い占めた人たちと年代的に重なります。
この人たちが店頭の人に暴言を吐く、保健所や病院で「検査をしろと恫喝する」事例もあるようです。

 

害悪しか流さないマスコミって、もういらないですよね?

 

大して混んでもいない商店街を望遠で混んでいる様に切り取って映像にする。
炎上していないのに、炎上したと報道する。
マスコミでは当たり前の手法、「愚昧な民衆を導いてやっている」意識が反映した手法です。

 

とは言え今回のコロナウイルス、私たちはあまりにもまだ知らない相手です。
15日で変異するとか、一度罹患した人が再度掛かるなど、免疫が効きにくいウイルスという人もいます。
私たちはまだまだあまりにも知らない相手なのです。
ワクチンが曲がりなりにもできたのであれば、接種すべしというのが、私の立場です。

 

今回仕事場を奪われている人も多く、既に、観光業、飲食を始め仕事への影響は大きいです。
予測の中には、1000万人の雇用が無くなるというものもあるようです。
1000万人の雇用がなくなるというのは、太平洋戦争に日本が突っ込んでいく理由になったほどです。
どのくらいのインパクトなのか、想像を絶します。

 

私の周辺でもかなり影響が出ています。
よくいく和食店ではお弁当を出して凌いでいますが、お客様にどれだけ愛されていたか、ここではっきりしてくるようにも見えてます。

 

「商売の基本は、どれだけ関係性が作れているか。」
アダム・スミスの国富論に出ていると、師匠の一人から教えてもらいました。
まだ見つけていませんが、再度読み返そうと思います。
このことが本当に基本中の基本なのだと、現実を見て思います。