ソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)と承認欲求

反社会性パーソナリティの人は、障害までいかない人が結構います。

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世の中には今までお話ししてきた様に、ボーダーラインとか自己愛性パーソナリティ障害とか、反社会性パーソナリティ障害などを持っている人が一定数います。

 

と人事の様に書いていますが、私たちも少なからずその傾向があります。

 

反社会性パーソナリティの人は、障害までいかない人が結構います。警察官とか、自衛官とかその手の「正義」がついて回る職業に向いています。
では、もう少し外れたら?
そこには今は非合法化されている収容施設としての「やくざ」があるわけです。

 

私はこの手の人は必ず一定割合出てくるので、「堅気の人には迷惑をかけないという文化節度を持っていたその手の人たち」の収容組織が必要と考えています。

 

世の中に「平凡な人」という言葉はありますが、いわゆる「平凡な人」というのは幻想です。幻想でしかないと言い切るのは、必ず私も含めて皆さんどこか壊れているからです。

 

人間は完全な存在ではありません。
社会主義国見ていたら分かりますよね?
人間なんて欠陥商品も良いところです。

 

さてその欠陥部分が他に比べて度がすぎると、「障害」というありがたくもない名前がつきます。単に我々の平均よりも、度が過ぎているだけです。
少なからず私たちにもその傾向があります。

 

では、どうしろというのでしょうか。
とどのつまり、その傾向があるということを認めてしまうしかありません。

 

パーフェクトな人はいません。
いたらそれは人間ではありません。
そう思うと、多少気が楽になりませんか?

 

誰でも承認欲求は持っています。
ですがそれに拘って自分を見失うのが、一番恐ろしいことだと思うのです。