組織は結局、トップ次第

私はその昔、21年間外資系の会社にいました。

IBM CEO Lou Gerstner ca 1995. Black and white photo by Kenneth C. Zirkel

 

私はその昔、21年間外資系の会社にいました。
その外資系の会社は世の中で名が通っており、一定の評判をもち、尊敬もされていました。その会社の特許なしでは、現在のコンピュータ社会は存在しないほどです。
しかしどんなに優れた会社で、たくさんの人材を抱え、資金も豊富に持っていたとしても、経営者としてのトップの力量がその会社の存続すら危うくするのです。

 

私がその会社にいた時が、まさにその時でした。

 

私はその当時の会長を人格者としては尊敬していましたし、日本の社長もエピソードを聞くにつれ畏敬の念を抱いていました。
今思い返せば、良い波のタイミングに乗ったラッキーな経営者だったとも言えますが、その様なタイミングで彼が経営者だったということも実力です。
日本法人はその社長のおかげで、非常に好調でした。

 

ですが、本社はどうでしょう。
強みを持っていた過去にこだわり、新しい競合他社にやり込められていました。自らが切り開いたビジネス向けパーソナルコンピュータでも、市場を他社に荒らされ放題でした。
市場を見ておらず、社内の評価だけで動いていたと言っても良いでしょう。
その様な会社にしてしまったのは、トップなのです。

 

そしていよいよ株価が落ちきった時。
あの経営者がやってきます。
研究者や開発者には非常に評判が悪いですが、会社を蘇生させました。

 

「巨象も踊る」

 

まさにその時、リアルタイムで私はその場にいました。
巨象は踊ったのです。

 

ただし、負の遺産も残していきました。
偉大な経営者といえども、賞味期限があります。
彼の残した偉大なプランは、次第にバトンを渡された人たちの足かせになって行きました。ビジネスフレームワークの賞味期限が切れたのです。

 

さて外資系の話を長々としたのには、理由があります。
外資系の会社の経営単位は3ヶ月=四半期です。
外資系の世界にいると、365日で4年回ったのと同じ感覚になります。
1年に4回決算が回るのです。
ですから、彼らの判断は3ヶ月単位で変更されます。
速い時は1ヶ月で変更されることもあります。
こんな状態なので、戦略も短いサイクルで見直されます。

 

対して、日本企業はどうでしょう。
半期が終わるまで、あるいは一年終わるまで反省しない会社が多いと思います。また日本の計画は3か年単位です。途中で変更されることも稀です。
いや、反省することすら稀かもしれません。

 

外資が良くて、日本企業はダメだというつもりはありません。
正直に言って、どっちもどっちです。
順調な時は日本企業の方が強いでしょう。
波乱が多い時は、外資系の方が強くなります。
対応が早いためです。

 

でも外資系でも反応が早かったがために、失敗することもあります。
事象に対して脊髄反射反応をしていれば、状況は悪化するためです。
仮説検証型で動いていれば、企業は救われます。
そのためには経営者の肝が座っており、全ては自分の責任と言い切れる人でないと無理です。

 

前出の外資系の会社を救った経営者は、就任を決める前に下記の様に人から言われたそうです。

 

「君は、今まで何を学んできたのか。この会社はアメリカの宝なのだ。その会社を蘇生するために君は学んできたのだ。」

 

覚悟を決めた優秀な経営者ほど恐ろしいものはありません。
見事に巨象を調教し、ダンスさせることに成功したのですから。

 

さて、翻って私たちは何のために何を学んでいるのでしょうか。
少しばかり時間をとって、内省してみたいと思います。
そうすれば、私たち一人一人が生きている意味の一端が垣間見えるかもしれません。そうすればめっけものではありませんか。