言葉は大事なんです。

私たちは、「言葉」に囚われた「囚人」なのです。

いろいろリスク周りの言葉の定義などお話ししてきました。
実は、言葉って大事なんですよ。

 

人間は残念ながら「言葉」で「思考」する存在です。
私たちは、「言葉」に囚われた「囚人」なのです。

 

「言葉」の「定義」や「イメージ」をなるべく話す側と、受け取る側で合わせておかなければなりません。
文化が違うという言葉がありますが、それは「言葉」に伴うものなのかもしれません。話す母国語を”Mother Tongue”というのは、その背景の文化を引き連れているからなのでしょう。
例えば英語を話すときには、英語で頭の中も考えた方が相互理解が早い様に思います。

 

逆に、小さく軽いものは英語の発想ではできにくいかもしれません。
ノート型パーソナルコンピュータで欧米系の血筋から軽いものは出ていません。
私の”パーソナルコンピュータの初期から共に歩んできた古い友人”曰く、「25年前もポンドやヤードでしか考えられない人には、グラム単位の思考はできなかった。」とのことです。

 

1ポンドは453.6gで、16オンスです。
1オンスは、28.35g。

 

アメリカを中心に生活している人はこの単位が当たり前すぎるので、重さと言えばこの単位でしか考える事をしません。

 

当然この発想では、900g(約2ポンド)を切る様なノート型パーソナルコンピュータなどの発想は、はなから出ません。日常の無意識を「単位と言う概念」が制限をかけているのです。ヤードなどの単位も、人の日常から発想を限定して来ます。
そう言われてみれば、メートルだってそうなのです。
日本人も、cm単位でしか考えないのではないでしょうか?

 

日本の家屋は長い事、畳の大きさを基準としてきました。
いわゆる建築関係の方なら見慣れた、サブロク板の大きさです。
90cm x 180cm。実際のサブロク板は、もう少し大きいですが。
皆さんも坪だとか、何畳の部屋という言い方を聞いた事があるでしょう。
この様に言葉と単位系は、私たちの発想に枠をはめて来ます。
日常の単位は私たちの発想に、無意識に制限をかけるのです。
この無意識の制限が、私たちの眼を覆います。
逃れることはできません。
ですから、「言葉」は大事に扱う必要があるのです。